戦国武将たちが使った「私印」って?

印鑑イメージ

戦国時代になると、武将たちは花押と併用して印文に趣向を凝らした私印を使うようになりました。
武将たちが使ったはんこは二重線で囲んだ円や四角形の枠の中に文字や絵をデザインしたもので、名前ではなく好きな言葉や信条などが彫ってあります。
このような私印は自らの権威と威厳を示すために作られたものだったのです。
織田信長の印には「天下布武」、上杉謙信の印には「阿弥陀」「日天」などの仏語、武田信玄の印には「晴信」、徳川家康の印には「福徳」と彫られたものが残っています。 豊臣秀吉は「豊臣」と姓を彫ったものが見つかっています。

私印はたいてい複数個所有して使い分けていたようです。
選んだ文字からもその人柄や思想が伺えますが、そのデザインや文字の大きさ、配置にも、彼らそれぞれの個性が滲み出ているように感じます。
武田信玄の印と徳川家康の印はどちらも二重円の中に漢字二文字を配置したものですが、信玄の印は円の中心にこぢんまりと、家康は枠内いっぱいにおおらかな字体で彫ってあります。

ちなみに日本で最初に使われた私印は恵美家印と呼ばれるものです。
当時強い権力を持っていた恵美押勝(藤原仲麻呂)のもので、まだ官印の時代の最中であった758年頃から使い始めたといわれています。
公文書に家印を捺印したのは恵美押勝が初めてで、これが日本における最初の個人印ということになります。

官印が使われなくなってからは武将たちの私印や渡日僧が用いた号印といったものが印章として使われていきました。
花押の押の字は署名するという意味だそうで、花押は書判、印章は印判と呼んで区別するのだそうです。
また、書判は「判を加える」といい、印判では「判を押す」といいます。

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