大連の印はいつ使われていたのか

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花押が発達した平安時代は、それまで使われていた官印が律令制度の弛緩とともに廃れていった時代でもありました。

大化の改新後の律令制度下では私印を認めない決まりがあり、印章といえばすなわち官印のことでした。 現存する最古の官印は大連の印(大連之印)と呼ばれるものです。
考古学的な裏付けが困難な時代のものだそうで、どの年代に作られたのかはっきりしたことは分からず、 日本書紀や職原抄などの書物にある記述からおおまかな見当をつけることしかできないようです。

「大連」は役職の名称で、おおむらじと読みます。
大連は天皇の補佐として執政を行う役職で、各天皇の治世ごとに新任されたようです。
日本書紀に、垂仁天皇に物部十千根(もののべのとおちね)という豪族が大連であったとあるのが最初の記録で、 職原抄には皇極天皇の御代に左右大臣を置くと同時に大連の職を廃したと書かれています。
このことから大連職があったのは212年に即位した垂仁天皇の御代から皇極天皇が即位した642年までの間と推定され、 大連の印はこのうちのいつかに使用されていたことになりますが、400年あまりのひらきがありますから見当の域を出ませんね。539年に即位した欽明天皇の時代に作られたという説もあるようです。

官印の時代、公文書は官印とともに役人の署名がなければ効力を発揮しませんでした。 署名がくずれて草書体になり、更に変化して単体で書判として機能するようになったのが花押です。
名の二字の字画をとって組み合わせたものは「二合体」と呼ばれ、この新しいスタイルの出現が花押の一般化に拍車をかけることになりました。

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